貴重な歴史的建造物の方舟
東京都小金井市に所在する「江戸東京たてもの園」という施設をご存知でしょうか。都立小金井公園内に設置された野外博物館であり、ここでは日本各地から歴史的に重要な意味をもつ建物を解体、移転、復元したものが数多く展示されています。墨田区に所在する江戸東京博物館と混在されがちですがこちらは分館です。
この野外博物館の最大の特徴は「実際の建物をそのまま移転」していることにあります。つまりレプリカではなく本物。当然修繕箇所もあるので当時のままを完全に復元したわけではありませんが、それでも過去の先人たちが作り上げてきた数々の建築物がもつ歴史的な重みを五感全体で感じ取ることが出来ます。
ちなみにタイトルにもある通り、この江戸東京たてもの園にはジブリの舞台になった建物がいくつか展示されているので、ジブリファンの人たちにとっては三鷹(三鷹の森ジブリ美術館)と並んで認知度の高い施設ではないでしょうか。マスコットキャラクターの「えどまる」は宮崎駿監督に製作されたものです。
自然豊かな小金井公園
江戸東京たてもの園の入口
それではさっそく園内を歩いてみましょう。この施設は小金井公園の中に所在しているということもあり、室内展示型の博物館とは比べ物にならないほどの敷地面積を誇っています。なのでそのすべてをご紹介することは出来ませんが、個人的にインパクトを受けた展示物を中心に記載していきたいと思います。
午砲
午砲全景
- 使用年代1871年(明治4年)から1929年(昭和4年)4月
- 旧所在地千代田区(皇居内旧本丸跡)
ビジターセンターを抜けて真っ先に目に入るのがこの大砲。「建物ではなく大砲?」と思いましたが一応これも展示物。この大砲はかつて皇居内旧本丸跡に置かれており、正午を知らせる空砲(午砲)として使用されていたとのこと。1929年にサイレンが導入され、それに切り替わる形で幕を下ろしたそうです。
最初は午砲を「牛砲」と読んでしまい、この大砲で牛を飛ばすのかと色々な意味で興味津々だったのですがよく見たら私の見間違えでした。牛のアブダクションに匹敵するくらいのワクワクを返して下さい。
UFOにアブダクションされる牛
田園調布の家(大川邸)
田園調布の家全景
洋風なのにどことなく和を感じるテイスト
懐かしのネジ式施錠
- 建築年代1925年(大正14年)
- 所在地大田区田園調布四丁目
一生懸命窓枠にペンキを塗るおじさんが印象的ですが、こちらは設計士の三井道男氏の「田園調布の理想」のもとに建てられた大正期の洋風住宅です。大正時代の建築物では珍しく全室洋室なのがポイント。ドアの横には80年代のアメリカ映画によく出てくるちょっとした個室のような庭のような謎空間が設置されています。
内装を見てみると床材は20年前の小学校に張ってありそうなオイルがテッカテカのフローリング、壁はシルバニアファミリーをダークテイストに変えたようなミステリアスな花柄のものが使用されており、全体的に「何か事件が起きそうな不気味な世界観」を感じさせます(奥のピアノも何かありそう…)。
個人的に気になったのは昔懐かしのネジ式施錠ですね。アルミサッシに変わる前の昔の団地にはよくこれが使われていました。そう考えるとこのタイプの鍵って少なくとも1925年〜1990年代の約65年間は使われていることになるのでかなりロングライフな機構であったことか伺えます。
前川國男邸
前川國男邸全景
戦前の設計とは思えないほど洗練されたデザイン
- 建築年代1942年(昭和17年)
- 所在地品川区上大崎三丁目
- 東京都指定有形文化財(建造物)
建築士を目指す人ならほぼ確定で知っていると思われる超絶偉大な建築家、ル・コルビュジエ…の弟子である前川國男が1942年に建てた自邸。建築資材の入手が困難な戦時体制下において建築されており、外観は切妻屋根の和風、内部は吹き抜けの居間を中心としたシンプルな間取りになっています。
見ての通り和洋折衷的なデザイン。大屋根の中央に吹き抜けの居間とロフト風の2階を配しているという当時としては珍しい構造をしています。現在の軽井沢の別荘地にあっても違和感のないような近代的なデザインは多くの人の目を魅了し、江戸東京たてもの園における看板建築物のひとつにもなっています。
ちなみに吹き抜けの居間、ロフト風の2階という特徴的な設計は、戦時体制下ということもあり建築面積を小さく抑える必要があったことにも起因します。そのためドアなどの通路の一部が著しく低くなっており、私もこの邸宅内で2回ほど豪勢に頭をぶつけたのはここだけの話にしておきます。
小出邸
小出邸全景
小出邸正面
- 建築年代1925年(大正14年)
- 所在地文京区西片二丁目
- 東京都指定有形文化財(建造物)
説明文には「日本におけるモダニズム運動を主導した建築家堀口捨己が、ヨーロッパ旅行からの帰国直後に設計した住宅です。」という記載がありました。つまりは「前川國男邸よりも和洋折衷感が強い」ということ。確かに時代背景を考えると大正時代にこのような建築物が生まれたこと自体が奇跡に近いと思うのですが…。
私の目にはこの独特な外観が「味の民芸」にしか見えなくて、そのせいで無性に黒酢の酸辣うどんが食べたくなったのでそれどころではありませんでした。
デ・ラランデ邸
デ・ラランデ邸全景
邸宅右側には近代的なエレベーターが設置されている
デ・ラランデ邸の入口
- 建築年代1910年(明治43年)頃
- 所在地新宿区信濃町
なぜこの名前にしたのかが気になりすぎてせっかくのお洒落な外観が二の次になってしまう可哀想な建築物。見た目的にはとなりのトトロ(化け物)に出てくるお父さんの家にテイストが似ているので、もしかしたら宮崎駿監督がこれにインスパイアされた可能性も無きにしもあらずですよね。
ちなみにこの奇妙なキラキラネームじみた名前の由来はこの建物の増築に携わった建築家、ゲオルグ・デ・ラランデによるもの。ガンダムに出てきそうな名前ですがドイツ人です。内装の半分近くは喫茶店になっているので気軽に入れるような雰囲気ではありませんでした(いらっしゃいませ〜って言われたくない)。
外側にはなぜか近未来的なエレベーターが設置されているので、このあたりは川越の街づくりみたくもう少し雰囲気に合ったデザインで設置してほしかった感はあります。
ボンネットバス いすゞTSD43(動態保存)
ボンネットバス いすゞTSD43全景
- 1968年式
これまたとなりのトトロ(化け物)に出てきそうなボンネットバス。一応動態保存なので動かすことは可能みたいですが、調べてみると2011年以降は動かされていないみたいです。エンジンの搭載位置やワイパーの形状に昭和レトロなロマンを感じました。タイヤのデザインはトミカみたいです。
常磐台写真場
常磐台写真場全景
- 建築年代1937年(昭和12年)
- 所在地板橋区常盤台一丁目
説明文には「健康住宅地として開発された郊外住宅地常盤台に建てられた写真館です。」と記載されていました。健康住宅地って何?
2階部分のガラス面積が広いのは、当時照明設備が発達していなかった都合上なるべく多くの光を取り入れるための工夫だそうです。とりわけ興味を唆られる何かがあったわけではありませんが、この写真館がある西ゾーンの開けた場所にこの建物が所在しているので人入りは多かったですね。立地って凄い!
高橋是清邸
高橋是清邸全景
二・二六事件で高橋是清が暗殺されたとされる部屋(諸説あり)
こちらの部屋で暗殺されたという説もあり(スタッフさん談)
なんとSECOMが!ハイテク!
- 建築年代1902年(明治35年)
- 所在地港区赤坂七丁目
二・二六事件で暗殺されたことが有名すぎて何の人か分からない人もいるかもしれませんが、簡潔に言えば日銀総裁や内閣総理大臣を務めた凄い人です。そして実際にこの邸宅の2階で暗殺されているので歴史的な価値を含めても凄い建物であることは想像に難くないと思います。和風邸宅に窓ガラスを使った初期の事例。
とにかくこの邸宅の見どころは2階です。前述しましたがこの江戸東京たてもの園は現存している建物を解体、移行、復元をしているので、高橋是清が実際に歩いたであろう床材や建具がそのまま配置されています(すべてではない)。スタッフさんの話によると暗殺を受けた際に残った銃痕もあるのだそうな。
そして1階には他の建物にはあまり見かけない「SECOM」の文字が。二・二六事件当時にSECOMがあれば助かったかもしれないという皮肉が込められているような気がして複雑な気持ちになりました。
都電7500形
都電7500形全景
- 製造年1962年(昭和37年)
渋谷駅前を起終点とし、新橋・浜町中ノ橋・(神田)須田町まで走っていた車輌。交通量の著しい増加に伴い都電荒川線以外を除いて1963年に廃止されました。中に入ると千と千尋の終番ごっこが楽しめます。フロントフェイスが昭和中期のプロダクトデザインを醸し出す素敵なデザインです。
かつて見たことのある奥多摩ロープウェイ廃墟のゴンドラにデザインがそっくりです(冬期なら下の駐車場から見える)。割と好きなデザインかも。
植村邸
植村邸全景
- 建築年代1927年(昭和2年)
- 所在地中央区新富二丁目
何の建物かは分かりませんが、見た目的に重厚だったので写真に収めました。ちなみに建物前面の素材は銅板であるとのこと(銅は錆びると青くなる)。
大和屋本店(乾物屋)
大和屋本店全景
- 建築年代1928年(昭和3年)
- 所在地港区白金台四丁目
こちらも何の建物かは分かりませんが外観が面白かったので写真に収めました。
小寺醤油店
小寺醤油店
- 建築年代1933年(昭和8年)
- 所在地港区白金五丁目
川越っぽかったので写真に収めました。大正期から現在の港区白金で味噌や醤油、酒類を売っていたそうです。室内には一升瓶やおつまみのレプリカが飾ってあるので当時の雰囲気をより掴みやすくなっています。イスに座ってカウンター越しにエアー居酒屋ごっこをすると周囲からの涼し気な視線を体感出来ます。
子宝湯
子宝湯全景
浴場
内風呂
富士山の絵
- 建築年代1929年(昭和4年)
- 所在地足立区千住元町
おそらく江戸東京たてもの園の主役級、千と千尋の神隠しで登場した「湯屋」のモデルになった銭湯の登場です!佇まいからしても迫力のある外観、それでいてひと目で銭湯と分かる独特なデザイン、そしてどこか異世界に通じているような不思議なテイストをもつ世界観…どれをとっても魅力溢れる建築物です。
今と違ってプライバシーをそれほど重視していないのか、男湯と女湯を隔たる壁がめちゃくちゃ低いのが特徴…というかジャンプをしたら見えそう…。鏡とか蛇口関係はやたらと綺麗なので移設後に新たに取り付けられた可能性が高いですね。どちらにせよ世界観を守るために細心の注意が払われているのだと思います。
壁の富士山も典型的な銭湯のイメージ。内風呂はよく見ると下のほうに水が流れるような隙間があり、もしかしたら一箇所の蛇口を使って上から順(?)にお湯を流していたのかもしれませんね…一番煎じ、二番煎じみたいな。現代風に言うとビール、発泡酒、第三のビールといったところでしょうか。
昔の人たちはこういった大衆浴場で日頃の疲れを癒やすだけではなく、ときには交流の場としても利用していたのかもしれません。このように色々と当時の生活を思い浮かべることが出来るのが歴史ある建物の良いところだと思います。
武居三省堂(文具店)
武居三省堂全景
千と千尋の神隠しで釜爺が手を伸ばしていた引き出しのモチーフ
- 建築年代1927年(昭和2年)
- 所在地千代田区神田須田町一丁目
前述の子宝湯と同様に、こちらは千と千尋の神隠しで登場した釜爺がいそいそと何かをやっていたシーンのモチーフとなった場所です。雰囲気的にもどこからかススワタリが金平糖を持ち上げながら出てきそうですね。作中では薬湯を引き出しから取り出していましたが、モチーフとなったこちらは文具店です。
皇居正門石橋飾電籠
皇居正門石橋飾電籠
- 年代明治20年代
- 旧所在地千代田区千代田
何となくお洒落だったので写真に収めました。
巨大蜘蛛の巣
壁の上をよく見ると蜘蛛の巣がある(人工物)
ちょっとよく分からなかったんですけど人工の蜘蛛の巣が壁の上に張られていました。誰が何のために設置したのかは謎ですが、気温が暑くてそれどころではなかったので光の速さで通り過ぎました。気がついたらだいぶ長居をしていたようで、陽の差し込み方が「今日もお疲れ様!」みたいな雰囲気になっています。
楽しい時間は短く感じる。
楽しくない時間は長く感じる。
どちらも含めてそれが生きているということ。
帰路
なんか誰もいないんですけど(汗)
休日にのんびりと過ごしたい方にオススメ
江戸東京たてもの園は一般的な屋内型の博物館とは異なり外を移動する時間が多いので、散歩をしながら展示物を眺めるみたいな感じでかなりリラックス出来ました。イメージ的には自分の好きなYouTubeやらAmazonPrimeやらを観ながらお菓子を食べてまったりとする感覚に近いと思います。
なんだろう…東京ディズニーシーの縄文時代バージョン的な感じ(←謎)。
一人で来ても良し、家族で来ても良し、カップルで来ても良し、友達通しで来ても良しと年代問わずに誰にでも楽しめるような施設であるように感じました。必然的にソーシャルディスタンスが保てるので、今の御時世的にも丁度良いスポットだと思います。今度は涼しいときに行ってみたい♪
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